「直美」について考えてみた

外科医の独り言

みなさんこんにちは、こしゃるです。

私は東京に家族を残して、群馬県で単身赴任をしながら外科医として働いている40代男子です。みなさんは「直美」という言葉を知っていますか?今年になって医療業界で話題になっているトレンド?ワードです。

「直美」の「美」とは「美容形成外科」、そして「直」とは「直接」という意味です。つまり「直美」とは、若手医師が初期臨床研修終了後に直接、美容整形外科クリニックに就職する進路のことを指しています。そのような医師が最近増加しているのです。

一般的に外科医になるためには、2年間の初期臨床研修が終わった後、大学病院や総合病院の外科医局に入り、3年から5年の修練を積んで外科専門医の資格を取ります。その間に消化器外科だけでなく、乳腺内分泌外科や心臓外科、呼吸器外科、小児外科などの症例を経験して各分野の手術について学びます。もちろんその後も更に専門的な技術や知識を学んで10-15年をかけてようやく一人前の外科医に育っていくのです。手術の技術だけでなく、合併症が起きた時の患者家族への対応、コメディカルとのコミュニケーションなども仕事をする上で大切で徐々に身につけていくことになります。

大学病院で働いていると、10年目くらいになるまでは医師と言っても薄給でバイトが欠かせません。私の若い頃はまだ長時間労働が多く、当直や緊急手術もあるため、時給換算すると夜間のコンビニと同じくらいで情けなくなったことを覚えています。

そんな経験をしながらも大学病院の講師や総合病院の外科部長ともなれば、自然と手術の技術も処世術も身について信頼される外科医になっていく、というのが一般的な外科医の熟成法です。しかし一方で「きつい、きたない、金欠」環境のせいで外科医が減っているという話は以前に投稿しました。

そこで今回の「直美」です。もちろん日本の仕組みでは何科を選ぶのも自由。途中で変えるのも自由です。例を挙げると、美容クリニックを全国展開する東京中央美容外科TCBによれば2022年には119人の医師を採用しており、湘南美容クリニックSBCも毎年120%の成長率で患者も医師も増えているそうです。しかも美容外科医の給料は1年目でもでも年収2000万円を超えるそうです。では「直美」の何が問題なのでしょうか。次のようにまとめてみました。

  1. 病気ではない美容を担う医師が増える
  2. 逆に外科、小児科、産婦人科などの医師が減ってしまう
  3. 医師を育成するために税金を使っても国民に還元されない
  4. 臨床経験の少ない医師が美容外科治療を行うことになり得る
  5. 医局や学会、医師会の崩壊

などが挙げられると思います。確かに医師個人の都合を言えば、美容外科は緊急手術も当直もない上に高額の報酬が得られるのでこの上ない条件と言えるでしょう。しかし国全体のことを考えれば、医療の需要と供給のバランスが崩れて、極端にな話、救えない命が出てくることもあり得ます。医師の育成に一人当たり1億円ほどかかることを考えれば、医療経済的にも大きなマイナスになることは予想できます。

では、どんな医師たちが美容外科を目指すのでしょうか。湘南美容クリニックのHPには所属医師のプロフィールがかなり詳細に載っています。中には「二重の女王」や「脂肪吸引の王子様」などクスッとしちゃうキャッチフレーズも目につきますが、自己紹介文を見るとどの先生も美容外科に熱い思いやこれまでの臨床経験を語っており、信頼できそうです。経歴をみると、もともと形成外科の医局に入って美容にシフトした人もいますが、多くは整形外科や心臓外科、脳外科などの外科系の診療科から転科した人が多い印象でした。「直美」とみられる人もいましたが数人で、まだまだメインストリームではなさそうです。

ちょっと目立つのが顔写真の横に他国の国旗がついている人です。これはアメリカやイギリスの医師免許を持っているというわけではなく、その国の言葉が喋れるから外国人の患者(美容界隈では「お客様」と呼んでいます)も診れるということのようです。この人たちの中で、海外の大学を卒業した先生たちがいます。もちろん日本人なのですが日本の大学の医学部に入らず、東欧などの医学部を卒業してその後日本の医師免許を取って医師になった人たちです。海外の医学部を卒業して日本で医師をやる理由は様々だと思いますが、医師になるために並々ならぬ思い入れがあったのだと思います。それが帰国後、美容外科になるというのは最初に意図したことと違わないのかな、とふと考えてしまいます。

他の外科系の科を経験した後で美容外科に転身することは、ある程度理解が出来ます。転身した理由は何であれ、元の科での経験は美容外科でも必ず活かせるし、数年以上の経験があれば自信を持って診療にあたれるだろうと思います。また医師人生は長いので、新たな科で新たな技術を身につけてお客様のためになることが出来たらと思うと、とてもモチベーションは上がるだろうと思うのです。しかも自分のQOLも保証されています。この先生たちは将来もし美容外科が廃れてしまっても、過去の経験を活かしてまた元の科へ戻っても活躍できるでしょう。

私が外科医として「直美」について心配していることは2点あります。

一つは、外科治療の経験が少ない医師が施術を行うことのリスクです。美容形成外科では、皮膚や皮下、脂肪など人体の比較的浅い層への外科的介入(注射や切開、糸による牽引など)が中心になります。つまり筋肉や骨格、内部臓器などへ直接操作が及ぶことは少ないわけです。それでも皮下の浅い層には神経や血管、リンパ管が走行しており損傷しないように十分な注意が必要です。増してやお客様は病気を治すためではなく綺麗になるために施術を受けるわけなので、合併症が起きた時のトラブルは医師患者双方にとって大きなマイナスになると思います。

もう一つは、医師のキャリアとして美容形成外科だけで「潰しがきくのか」という問題です。一般外科もそうですが、高齢になると視力や手先の問題で執刀ができなくなることがあります。専門家や人によって「メスを置く」年齢は様々ですが医師人生が終わるまで手術を続けるのは困難と言わざるを得ません。また美容外科市場が今の勢いで成長していくとも限りません。美容形成外科になる前に他の科を経験していればメスを置いた後にも元の診療科に戻るなり、経験を活かして開業するなり潰しがきくと思いますが、初期研修以外は美容形成外科しか経験がない場合はどうでしょうか。少なくとも他の科の専門医免許を取れるくらい経験を積んでから飛び込んでも遅くはないと思います。

最後に、厚生労働省や各専門学会は「直美」について医療崩壊を招く一因として大きな問題だととらえているようですが、この問題はそもそも診療科の自由選択制が招いた結果です。小児科や産婦人科や外科が少なくなってしまったのも同じ理由です。全国の医師数の配置には診療科の格差や地域格差があり、特に過疎地域の医療は厳しい状態になっています。都会の人気診療科に集まる医師を分散して偏りを是正するには、専門医や指導医が行う難手術にはインセンティブ(報酬)を付与したり、地域医療を支える医師には手当を出したりする案がありますが、なかなか実施されません。

家族と離れて群馬県で外科医として働いている身としては、若手に魅力を感じてもらうためにも、もう少し給料が上がったらイイなあと願っております。

今回は今話題の「直美」について考えてみたことを書いてみました。ご意見ご感想があればコメント欄にお願いします。ではまた〜

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